第二話前編:Attack phase Leo

 

 

 

 黄翔高校・門前。

 

 

「ふぅ………やり切れないな………」

 

 校庭で体育会系の部活動に励み、青春を謳歌している高校生達を見渡しながら――――巻士令雄は身長二一〇センチ、体重一〇〇キロ、脂肪率一〇パーセント。プロレスラーにも、ボディービルダーにも見られるが――――放射する雰囲気(オーラ)はどう控えめに見ても百獣を捕食する巨獣。

その巨獣は似つかわしくない溜息を吐いた。

その大男へ、チラリと横に立つ黒髪碧眼の青年――――ゲイル・スタンデェス………ロンドンを本拠地とする魔術師の《連盟》の中で――――八人の賢者が一人………ソロモン王が総べる精霊とも悪魔とも呼ばれる“射手の侯爵レライエ”を支配下に置く若き賢者は、静かに言う。

 

「………あの女の《条件》はこちらにも不明瞭ですが、あの女の《思惑》はこの際、どうでも良い………俺はアンタの目的のため、《捨石》で構わない………存分に使ってくれ、ミスター・レオ」

 

 己の命を捨てるような真似を、魔術師はしない………むしろ他者の命を啜ってでも、己の目的成就にする………そんな輩であるはずの自分が、これではまるで………生も死すら忠義とする騎士かサムライではないか?

苦笑するしか無い………そして、この境地と死地を存分に堪能するために嗤うしかない。

この絶対的な《捕食者》が――――【頼む】と自分に頼ってきたのだ………百獣の王とも呼べる巻士が、頼んだのだ………なら、全力で応えよう。

 

「「あたし達はあの《聖剣》と剣を交えればいいけど………ワガママは言わないよ………利用すればいい………存分に。そして、あたし達は存分に闘う! あんたのために!!」」

 

 ステレオなのかサランドか判らない二重音声を発する一卵性双生児たる神宮院の(こう)(れん)も巻士令雄の背中に言う。

 

「気にする必要があるとは思えないぞ? レオ? アンタがやろうとする事は、《聖堂内》では《間違い》だろう………だが、私の視点から見えれば誰よりも正しい………そして、お前と肩を並べて戦えることに感謝する」

 

 ゲイルの隣で言うジェナ・ジョセフィーティは、すでに臨戦態勢を何時で出来るように布に包んだ筒を握り締めながら。

 

「心配しなくて良い………これは《聖戦》………我が家系………黒きサガを須る(刷る)モノとして………私は要る………私が居る………私の本能(根源)(たる)言う()………ここに怨敵の存在を感じている………血を啜る虫けら(吸血鬼)(ハラワタ)()()()者………(オオカミ)から別れし、遠き血族よ………これはあなたの《聖戦》だが、私の《聖戦》でもある………」

 

 スッ――――と、巻士の前に出る黒の男物の背広を着た女性が、前に出る。

 

「………ここに我が黒須家の追跡を撹乱し続ける“ヤツ”の気配がある………すまないが、マキシ? 私はここから別行動をする………ここも空振りならすぐに合流する………」

 

大神三眷属が一家の《屍殺し》の李麗・黒須は軽く手を振って、校門を通り――――真っ直ぐと校舎へ入っていく。

 

「彼女は仕方ない………最初からそういう目的(・・・・・・)で、行動を共にしています。我々は我々で、目的を達するために――――逝きましょう(・・・・・・)

 

 巨大な棺を地面に置く、全身黒いベルトを巻きつけた衣服を纏う(コフィン)製作(・メーカー)が巻士の合図を待つ。

 

「………では、《宣戦布告》を」

 

 巻士の静かな声音と共に、棺制作はその手で棺を開けた。

 

 

 

 黄翔高校、オカ研部室内。

 

 

 

 最初に気付いたのは空間と現実を区切ることに長けた磯部さんだった。

 視線を部室の壁へ向け――――目を見開いている。

 

「………第六位階………三人とも達人級(アデプト・クラス)――――! キング・ソロモン使役者、北欧英雄の宝剣?………ギリシャ神話の支配………そんな? もう結界を展開された!? それに第九位階の二名? でも………所持している刀が………虎徹に村正………それに小太刀は二人とも正宗?」

 

 私が式神を飛ばす必要も無く、磯部さんは部室に居ながら、敵の戦力と所持武器を見抜く。

 私の分野が侵されてしまった………リストに入れなければ………磯辺先輩………後ろからビートダウン………と。もちろん、マジョ子さんは【毒殺】だ。あの時の恨みもこめて………ビートダウン予定の磯部さんに不敵に、獰猛な笑みを浮かべる毒殺予定のマジョ子さん。

 

「ハァン? 中々、いい霊視()だぜ? 綾子? だが、残りの《二人》はどうだぁ? ここからでも【ビシビシ】来るこの気配………おめえの率直な感想を言いやがれ?」

 

 タバコを銜えながら、ニヤニヤと袖からハードボーラーを取り出して磯辺さんに言う。

 

「………《危険な感じ》を発しながら一人はこの部室を通り過ぎて………校舎に入りました………でも、《恐竜》は校門前にいます………動いていません………」

 

「まったく私と同じ《感想》だな………チッ………生きた心地がしないぜ………これなら《悪魔》と《天使》に中指立てる方が、気楽だぜ」

 

 不敵な笑みだが………マジョ子さんは警戒度をさらにレベルを上げて、静かに巳堂さんを見上げている。

 

「《久し振り》の《カチコミ》ですが………トライブの《過激派》や《貴族嗜好(ロイヤル)》共にしては、かなり《上玉》を揃えていますね………同じ《霊長類(ニンゲン)》と思いたくないヤツ(人外越え)が二人………上等に喧嘩吹っかける奴等が五人………真剣(ヤッパ)持っているって事は、命いらねぇ《一二剣士》なんて呼ばれている輩のどれかでしょうが………予想ですが、私とあなたに喧嘩を大判(バー)振る舞い(ゲンセール)で来る懲りること(知能)の無い真紅(スカーレット)双刃(・エッジ)。それに北欧英雄ならベオ・ウルフ………鬼門街(初来日)だと言うのに、遠足気分の大剣使い(クレイモア)でしょうね………妙に準備万端過ぎが気に掛かりますが………」

 

 軽い調子で、「蹴散らしてやる」と、判るマジョ子さんの笑みを牽制するように霊児さんは至極冷静だった。

 むしろ、少ない情報を分析、吟味する………似合わないし、何よりそんな側面見ても、私としては………ムカつく………腹が立つ………尊敬とか、敬意とか払いたくないのに、それ(・・)をしない私が、どれほど矮小か思い知らされるほど――――鋭い視線と引き締めた表情。

 

「タダのカチコミなら、何でこの部室を攻めない………何故………待ち受けている?」

 

 百の修羅場と一千の戦場――――それら全ての経験と勘を総動員し、ブツブツと呟きながら………静かに磯部さんへ向け、

 

「………なぁ? 磯っちゃん? その《危険》なヤツって何処に向かっている?」

 

「磯ッちも磯っちゃんも嫌ですけど………真っ直ぐ………理事長室へ行こうとしていますが………」

 

 私が、一番腹を立たせる瞳の輝き――――慧眼であり――――千里眼にして、未来すらも見抜く《修羅の覚者》にして《未完の聖者》と言われる所以たる――――鋭く、嫉妬の波に己の心を狂わせる真剣な瞳で、

 

「………じゃ、その理事長室だけど………もしかして………《ゴチャ混ぜのチャンポンな男》が居ないか? 無視(・・)していたけど………」

 

「………えっ? あれ? でも………それに一人は《理事長》ですよね? こう………何だか、《大らかなオーラ》を持っている女性ですよね? もう一人も先ほど、私はこの部室に入る許可を得る際に、顔を合わせた………案内もしてくれたオカ研部顧問の先生ですけど………《変わった感じ》は無かったし………理事長室にいた男性(・・)も合いましたが………エッ………《男性》が………えっ!? 何ですか? このヒト………!? 何で、《私》に手を振って………他の人が気付いていないのに………どうして!? どうして!? あなたは【何】ですか!! 【何なんですか】!!」

 

 いきなり頭を抱える磯部さんに、霊児さんは軽い調子で頭をポンポンと――――子供をあやすように宥め始める。

 

「あぁ〜? まぁ………それで判ったよ………あんまり霊視(観察)しないほうが身のためだよ? うん。無視だよ、無視………あんなのは磯っちゃんが()()()()()()じゃないからね?」

 

 霊視する磯部さんに軽く言った霊児さんは、深々と溜息を吐いていた。

 

「はぁ――――何で来るんだぁ? あのヒト? まぁ〜《危険な感じ》の人は真っ直ぐ、理事長室に向かうだろうな………残りは《恐竜》か………まさか、俺の粛清か? それに位したからな………しゃ〜ないな〜アイツなら、《一発》で《チャラ》にしてくれるだろうから………殴られに行くか………」

 

 嫌だな………痛いの。

 とか何とか、言いながら、霊児さんは部室の戸を開けて校門を目指していく。

 

「お供させてもらいます。霊児さん」

 

静かに霊児さんの背に向けてマジョ子さんが言い、傍観していた誠と私へキツい眼光を飛ばして振り向いた。

 

「おめぇらも来るんだよぉッ! 破壊魔パンダとデレ切れ腹黒女!」

 

「破壊魔パンダっておれですか!?」

 

 誠が傷付いた表情で唸るが………デレ………切れぇ?………腹黒女だぁ〜? このロリッ()がぁああ!

 

「あたりめぇだッ! (ワリ)ぃが話の内容が、《聖堂》の………【憤怒の魔王】についてなら、私はおめえらを見捨て(見限る)………霊児さんを取るぞ?」

 

 上等じゃないですか………真神に喧嘩を売るなんて、極上すぎですよ? この魔女ッ娘は?

 喧嘩売れなくて、【表】で利権貪った分際が? ナマ言ってくれますね?

 

「マジョ子さんには悪いのですが、私は霊児さんを捨て駒にして、誠を取らせてもらいますよ?」

 

 魔術も通さない魔力が、全身を駆け巡り………蒼雷が空気を爆ぜる。

 

「………いいだろう。サイはまだ振られちゃいねぇ………出た目を合図に殺し合うかを決めようぜ?」

 

「いいでしょう、マジョ子さん。短い間でしたが、ムカつきました。あなたのことは忘れません。遺言なら聞きましょう」

 

「てめぇを何処に出しても恥ずかしいゴスロリ服を着た妹キャラに調教できなくて、残念だ………それが心残りだ………地獄の鬼どもに調教を任せることにするぜ」

 

 獰悪の極みたる笑みを互いに交わし、私とマジョ子さんは霊児さんの後を追う。

 

「………何で? 仲悪いの?」

 

 誠の呟きなど、私の耳には入らない。

 腹黒いロリ娘も同じ。

だが、私とマジョ子さんの間にある微妙な関係を読んでいるのか………磯部さんは深々と溜息を吐きつつ、誠と一緒に部室を出る。

 さぁ――――サイの目を見にいきましょう。

その時が、このロリッ娘先輩の命日だ。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

三時間前――――午前八時。黄翔高校、理事長室。

 

――――午前十一時頃に集合したオカ研メンバーより、三時間前の頃だ。

 私立黄翔高校理事長室のイスに座る女性は黄雅里(おうがり)()()。薄茶の背広に黒髪を腰まで伸ばす女性だ。

自由奔放で大らかな女性の形容詞とも言える雰囲気だが、生徒の自由性や教師たちの教育方針などにも耳を傾け、その善し悪しを共に思案し、発案する姿勢には三〇歳の若き女性理事長を生徒側も教師側も認める。

その黄雅里屡南が転入届けの書類――――サインには暴力世界一位のガウィナ・ヴァール。そして、磯部都子のサイン。

ゴールデンウィーク明けに、この学び舎へ迎える二人の生徒の履歴を見て頷いた。

磯部綾子にガラハド・ヴァール。

磯辺は今年で一七、ガラは今年で一六歳。

 

「ふむ――――あと十年初代磯辺が生まれていたら………七大退魔家ではなく八大退魔家と成っていたであろうと言わしめる、あの磯部か………」

 

磯辺は転入で退魔七家の一つ、《迷路の神城家》と縁は切れ、真神京香の庇護とともに磯部都子は“鬼門”の換気役に任命され、《神殺し(スレイヤー)》に加わっている。

異例中の異例………何より、破格で超越の代名詞と言える女王、不死身鳥、詩天使が受け入れ、《同格》とする時点で、《連盟》、《聖堂》、《暴力世界》は絶叫中であろう………だが、彼女の《履歴》は、鬼門の一つを預かる黄雅里の情報網のおかげで、正確に把握している。

《闇の表舞台》に一度も立たなかった彼女………だが、彼女の弟子たちは闇の表舞台で、その漆黒の空で高みを飛翔する者たち。

 

「歴代磯辺家当主で最も活動も、行動しなかった磯部(いそべ)都子(みやこ)………《クラブ》お抱えの《闘技場(コロッセオ)鈎那(かぎな)(かおる)。《貴族嗜好(ロイヤル)》に所属する《天獄塔(バビロン)》の(つば)()(とう)()。ヴァチカン異法殲滅機関の《絶世(デュランダル)》の称号を持つ、リアネス・カールか………三名とも《(ティファレト)》を超えているが…………その育ての親となると――――確かに神すら殺す技量はある。《神如き力》を振るう弟子の師なら………」

 

 第五位階へ挑戦する弟子たち………それも、結界師二名と魔術戦と対人戦をこなす者を一名。《分野別》で、三名の達人級魔術師を育成する手腕は正直賞賛しか出てこないが………三名とも性格と魔術性質は、魔術師の世界で最悪で有名――――鈎那は変態の上に性同一性障害で、一人称が薫子である。鍔希は装飾過美でブランド主義のケバさ。リアネスはキリスト教カトリック派以外、全て殺していいと言い切ってしまう、生まれた時代を間違った人種。

 

 ………こんな鬼畜性悪どもの師匠となると――――黄雅里は頭の中で磯部都子を思い描くが………血走った双眸と鬼の形相。鋭い牙を持った人外………に、なり掛けたところで頭を振ってその映像を消す。

 

「…………今は亡き《神殺し(スレイヤー)》が二人………陽神殊子の《残虐なる乙女(アイアン=ヴァルゴ)》と、夜神十夜の《死神(ハーデス)()宣告(ジャッチメント)》の後を追う者たちを育てた《結界師》の娘なら、この()(蠢き)なる()()で生き抜けるだろう………初見ですらすでに第六位階に登り詰めている娘だ………さぞ、ガートス君あたりが気に入りそうだ。だが、私の予想通りなら、《死神》と《乙女》の実娘が、一〇年後には全て(・・)掻っ攫う(・・・・)()思う(・・)()………」

 

 磯部綾子の評価をそこそこに、ガラハド・ヴァールの履歴に目を移すと少々、黄雅里屡南は少々不安になった。

小学校、中学校の義務教育を通信教育のみ。この点を見ると、相当《クラブ》の《英才教育》を受けているようだが、基本学力が心配になってくる。

しかし――――あの有名な子煩悩(モンスター・ペアレント)がようやく、子離れをしたと思えば良き事だと、履歴書を机の引き出しに入れ、カップに入っていた紅茶で一息つく。

 

「ふむ。ようやく吸血騎も教育の大切さを理解したか………だが、妙にサインの筆圧がまばらだ………まぁ、溺愛する息子を一人暮らしさせることに心配してのことだろう」

 

 知人でありガウィナの娘ヴィヴィアン=ヴァールなど、父親のベタベタする愛が痛くて、家出してしまったのだ。

 

【あれ、親ばか違う。バカ親】

 

と、最近日本に引っ越したためか、電話口で愚痴を聞いてあげるのが、この頃の日課になっていた。

 そう考えるとこのガラハドは我慢強いのか、世間知らずなのか………もしくはファザコンなのか? 心配ごとが徐々に浮き上がってくるが、

 

「まぁ――――昼過ぎには対面する予定………紙キレ程度でその人物を評価するのは愚考だ」

 

 カップを受け皿に置き、軽く背筋を伸ばしていた時だった。

 ドタバタと激しい足音が廊下を響かせ、徐々に理事長室に近づいて来る。

 そして、理事長室にノックも無く勢い良く入ってきた女性は走ってきたせいか、肩を上下する荒い呼吸。開け放った扉に身体を預け、呼吸を整えることも無く切迫した表情で理事長机に座る黄雅里に視線を移す。

 

「大変です!! 理事長先生!!」

 

「大変なのは君を見れば大体判る。だが、ノックを忘れているぞ? 九凪沢先生」

 

「あっ………忘れていました。失礼しました理事長先生」と、一礼する。

 

 光の加減で青みを帯びる黒の髪をサイドテールに結んだ、童顔の女性。身長も一六〇センチでどうもスーツがイマイチ似合わない。むしろ、着られている感。そして、女性と言うよりも女の子とまだまだ通用できる容貌のせいで、生徒たちには同年代の感覚で【くぅーちゃん先生】と言われることを気にしている。今年で勤務二年目の九凪沢朋美は、再び切迫した表情となる。

 

「それより!! 大変なんです!! 校門に変なヒトが現れました!」

 

「それは本当か? 九凪沢先生?」

 

「ハイ! 金髪長髪でポニーテル! 真っ赤な革のロングコートを肩に引っ掛けています! メチャクチャアクセサリーとかごちゃごちゃ付いていてロックンローラーな格好でした! それに馬鹿でかい槍を持っている不審人物でした!! 児玉先生がそのメチャクチャ怪しいヒトと喧嘩になって、児玉先生が殴られました! あぁ〜これって警察に連絡するべきですか!? どうしましょう!?」

 

 自分の敷地で暴れ回っているのを見過ごすことなど、教育者として――――なにより、魔術師として見過ごせない。黄雅里はゆっくりと椅子から立ち上がり、部屋に飾ってある日本刀の大小腰のベルトに装着。

 

「判った! すぐに案内してくれ、九凪沢先生!」

 

「えっ? あの、警察に連絡しないと?」

 

「私の職場に勤める教師に手を出したのだ。警察など生温い。私が斬る!」

 

 えっ? ちょっと? と、九凪沢はさらに別の混乱に目が回りそうになった。だが、その九凪沢の横を通り過ぎる………大急ぎで黄雅里の横に並び、本気かこのヒト? と、顔を見上げると………ヤル気満々だった。

 

「で? その不審人物は他にどんな特徴がある? 眼は紅いか? 犬歯は長かったか? それとも土気色のように白い肌か?」

 

 歩きながら質問する黄雅里だが、九凪沢はまず日本刀を持っていく理事長に困っていた。

 

「えっ………と眼はこう綺麗な碧でした。肌も血色良くて、白い美肌で嫉妬してしまいます。あと、犬歯は良く見ていませんが――――いえ、普通と言えない格好はしていますが………」

 

 日本刀持っている今の理事長とドッコイドッコイです………とは、言えなかった。

 

「なるほど。つまり、服装のみ………ただの魔術師か………? なら、【ここ】が何処なのか教えてやらねばならないな」

 

 妙に好戦的な笑みを浮かべ始める理事長。

どんどん違った不安に押しつぶされそうになる九凪沢先生。

 

「えぇ〜と、あといい感じで色落ちしたジーンズを穿いています。ちょっと欲しかったです。あれ絶対限定モデルです」

 

 自分でも何を言っているかも判らないが、少しでも理事長先生の気を逸らさなければいけない気が………このままでは、明日の三面記事に載ってしまう。

 

「あとですね? ビーチサンダルに変なTシャツを着ていました! どうみても、変な人ですよ!?」

 

 だからどうか、チャンバラしないでぇ〜! 警察に任せましょう〜!?

 

「………変なシャツ………?」

 

 ピタリと――――校舎玄関を前にして、黄雅里は足を止めて振り向いた。

 

「まさか、あれか? 日本観光に来た外国人が着るようなTシャツかな? イチゴミルクとか?」

 

「《家族愛》って書いてありました。かなり達筆な感じの………えっと………? もしかして、お知り合い………ですか?」

 

「………まず、案内をしてくれ」

 

 右から左へ視線を逸らした黄雅里屡南の態度に疑問を持つが、今の反応なら黄雅里屡南も刃物沙汰は避けるだろうと、安堵の溜息を付きつつグランドまで理事長を案内する。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

校門前で金髪の男は殴り掛かって来た体育教師の児玉をのし、その倒れて気絶している児玉の背に腰を下ろしていた。

 まるで玉座の如く、仕留めた獲物に満足げに――――そして、この男の持ち物であろう――――鎖が幾重も飾る全長四メートル以上はある長槍は真紅の刃。それを地面へ無造作に突き刺している。

 間近に見た男の顔に、九凪沢はまるで絵本の世界や空想に存在するような――――美貌の騎士を彷彿させるが………その神がかりな美貌も、吸い込まれてしまいそうな碧眼も台無しにして、黄雅里屡南をイジけた顔で見上げていた。

 

「………つぅかさぁ――――《金髪》、《真紅の外套》、《長槍》でさぁ………オレって気付いて欲しいな………《友達》だろう………つぅかさぁ? 結構付き合い長いじゃん………?」

 

 ヘソを曲げていじける子供のように、再び顔を下へ向く。

 

「すまない。パルよ。しかし、先ほどの会話を聞かれていたとは………さすが《無垢なる聖者(愚者)》だ」

 

「まぁな」と、溜息を吐いてパルと呼ばれた男は立ち上がる。

身長は一八五センチ。スラリと長い手足に均整の取れた身体だが………これで身長一九五センチに体重九〇キロ。柔道四段の児玉先生をどうやって、気絶させる膂力を発揮できるのか疑問だった。

 

「その上、銃刀法違反と不法侵入、及び不法入国を平気に無視して槍を担ぎ、私の学校の門でウロツキ、あまつさえ、君の姿に不審に思った熱血漢の児玉先生が、君の武装も怖れず生徒を守るために挑んだ。だが、結果は君に【逆転負け】。そして君はその善良な児玉先生を腰掛にして私を待っている精神など、《凡人》である私には真似できない。さすがだ、《救済の王》よ」

 

「あぁ。その児玉先生が眼を覚ましたらこう言ってくれ。“アンタの拳には生徒を守るとする【誇りと情熱】があった。だから、オレの【魂】に響いた”ってな?」

 

 黄雅里の皮肉が通じないのか、それとも皮肉を理解出来ないのか………殴り倒してしまった児玉先生は素晴しい男だと、賛辞すら送るパルに九凪沢は呆然としてしまう。

 黄雅里は皮肉がこの男に効かないと、改めて理解して小さく溜息を吐いた。

 

「それで? 何の様だ?」

 

「ああ、オレは護衛だけだ。用があるのは“ダチ”だ」

 

 

 何処に?

 

 

 黄雅里と九凪沢は視線をパルの周りを見ても、それらしい人物などいない。いないはずなのに――――「………ここにいます」と、突き刺さっていた長槍の影から、女性の声が響く。

 現われ出でたのは漆黒の………喪服を着た女性だった。

肌が露出する部分は精気の無い………漂白された色素の無さ――――肩ほどに伸ばした黒髪は緩やかなウェーブ。混濁する腐を綯い交ぜにした黒い瞳。その眼に見つめられるだけで――――腐乱死体の瞳と眼が合ったような気分にさせられ、とても落ち着けない。その上、土気色の肌のせいで浮き彫りになる紅く妖しい唇はホラーの要素を際立たせる。

年齢を感じさせない………生きていることを感じさせない精気の無さ………判別出来ない気配………理解不能の恐ろしさ………未知との遭遇に驚きを隠せない九凪沢と黄雅里の反応を尻目に――――その女はパルの横に並ぶように立つ。

真紅の槍を持つ純粋なる騎士と、(まが)(たま)の魔女――――そんな題名が脳裏に浮かぶ――――バランスの悪い………アンバラスにも程がある両者。

 

「………私に気配すら気取らせないとは………さすがはパルが“仲間()”と言うべきか………」

 

「………小、中、高、大学時代………“空気(エアー)()(マン)”なんてあだ名………付けられていました………女なのに………担任教師から………」

 

((暗ッ!?))

 

 梅雨の時期はまだ一月先だというのに、ジメジメと暗い雰囲気に飲まれる黄翔高校教師二名。

だが、九凪沢先生は社交系で、穏和な人なので何とか笑顔で完全武装。

 

「………その、気にしちゃ駄目ですよ? その逆境をバネにすれば、良いだけですよ?」

 

「クッククク………何処の教育者も偽善者の上に非人間の悪党ですね………己が【純粋悪】を育てる教育の歯車になっていると言うのに、よくその腐った口で言えるものですね………町内会には顔を出さない………そのクセ、自分を呼び捨てにされたら不機嫌になり、【先生】と呼ばれて悦に入る倒錯快感に酔った変人風情が【聖人君子】の【仮面】を被らないでください………フッフフフフ………笑わせないでくださいよ?」

 

 どう見ても――――笑っているというより、嗤っ(見下し)ている………完全に嘲笑っていた………何よりとても邪悪だ。

そして教育者の悪癖と悪性を完全に捕らえた滅殺の一言に、九凪沢先生は泣きそうになる。

 黄翔高校の教師たちは全員理事長先生の方針に従って、町内会のイベントに参加するし、手伝いだってするが………以前の県立学校勤務の教師達はまったくしていなかった………今の自分には的外れだが………過去の自分には必中だった。

 

「この学校も同じです………さぞ隠れた場所で陰険、陰湿、子供だからと許されないイジメの生産場でしょう………」

 

「我が学校にイジメなど無い。イジメなどをする子供は確かにいるが、私の学校にそのような生徒は居ない! 訂正しろ!」

 

 堂々と言い切った黄雅里理事長の凛々しい姿に、格好良いと尊敬の眼差しを向ける九凪沢。でも、日本刀抜いて叫ばないで欲しかった………これじゃ、パルに向かって言ったセリフ全てが台無しだ。

 

「どこの教師も言うセリフです………クッククク。自分の愚かさも自覚出来ないド低脳風情………聖職者を名乗る偽善者に、脚本でも配布されているのでしょうね………国民の血税搾り出して制作しているのでしょうね………フッフフフ………」

 

 暗き湖の魔女みたいに――――黄雅里の言葉を一刀両断してしまう。

 

「………このぉ………喧嘩を売りに来たのか? それとも私に斬り殺されたくて来たのか?」

 

 大上段に構え始めてプルプルする黄雅里に九凪沢は、さすがに不味いと思うがどうすればいいのか判らない。この女性を守る選択肢――――駄目だ………自分の身が可愛いから身を挺してなんて無理だ………。

 

「あぁ〜………まぁ〜よぉ〜? 喧嘩売りにも来ていないし、お前に斬られるために来ていないから? まずはこっちの話を聞いてくれないか? 屡南?」

 

 非常識な服を着ているパルは今更のように常識的なことを呟きつつ、理事長先生と漆黒の女性の間に立って両者を止めた。

 

「………パルよ? 君はその女の護衛だったな? なら君ごと斬るぞ」

 

「………喧嘩を仲裁しようとするオレを、何で斬る必要があるんだ?」

 

 最もだと――――知らずに九凪沢は納得して頷いてしまう。

眉を寄せて言うパルは頭を掻きながら、連れである黒き女性に視線を移す。

 

「さっきも言ったが、護衛だぜ? オレは? 鬼門街(ゲート)は“狩場”だからな?」

 

「なるほど………“狩られる側”か」

 

「? ? はぁい?」

 

 黄雅里は得心したのか構えを解く。それを見て九凪沢は頭に疑問符を浮かべながらも、安堵の溜息を吐いた。

 この街の裏側を知らない九凪沢は疑問を投げ掛ける視線など、三人は無視して沈黙の重圧を放っていた。

 

「あのぉ? ゲートってどういう意味ですか………?」

 

「………“不法侵入”か? こっちに被害を回すなよ?」

 

「安心しろよ? こっちに“ダチ”がいるぜ」

 

「お気遣い無く」

 

「………………」

 

無視されたのはさすがに辛かった。

もうサッさと職員室に戻って、濃い目のブラックコーヒーで一息入れたい。だからと言ってこの場から動き、理事長先生が暴走したら………嫌だな………空気のような扱いなのに………これこそ正真正銘の【空気な人】じゃない………まぁ、喧嘩腰じゃないからまだマシかな。

 

「で? その薄暗い女が私に何か用なのか?」

 

 無視はされたが、少しは安心できると思ったのはつかの間だった。

黄雅里の雰囲気はいつもと全然違う――――何時もの分け隔ての無い言葉と態度が美徳であるはずの黄雅里の雰囲気はビリビリと張り詰めている。その空気だけで一般人の九凪沢朋美にとって、毎日通るはずの校門前は息苦しい場と化してしまう。

 

「………失礼ですね………この女は………」

 

 ゾッとする黒衣の女性の一言によって、空気にすら重圧となる。九凪沢は、その空気で限界に来たし………嘔吐感が込み上げてくる。

 胃の腑を雑巾のように絞られる圧迫感が黄雅里理事長と黒衣の女から放射される………空気が重く、何より【自分】の肌を突き破り………何か蠢いている………未知の恐怖に、未知な体調で恐慌寸前で悲鳴を上げかけるが、

「はいはぁーい? まだくぅーちゃんは一般人(、、、)だぜ? 少しは二人とも押さえろ(、、、、)っうの? あと、()()()? お前は喧嘩売りに来たわけでも、買いに来たわけでもねぇだろうがぁ?」

 

 まるで――――九凪沢を気遣う一言だが………何で舐め切った三年生みたく、《くうーちゃん》言う!? と、心中で叫びながらパルへ視線を移すと――――何故か、重圧も空気の質も変わって楽になっていた。

 ただ眼差しを変えるだけで………どうしてこんなにホッとしているのか自分自身戸惑いすら感じてしまう。

 むしろ――――何故………あなたとは初対面なのに、どうして私を知っている?

 

「………そうでした。あまりにも偽善者(ゲス)な教育者だったため、目的を(たが)えるところでした。ご忠告、ありがとうございます【聖王】よ………」

 

 アズミと呼ばれた黒衣の女はパルへ詫びるように一礼する。九凪沢から見て――――その姿勢というか穏やかな物腰というか………彼女は本当に、パルと名乗る男に、王の如く敬意を払っていた。

だが、黄雅里はパルと自分に対して差のある態度と言葉が気に食わないため、ギリギリと歯を鳴らしていた。

 

「本題と行きますが………私はあなたに情報を提供しに参りました」

 

「ほぉ――――この私に? ここを鬼門街の【何処】だと思っている? 七つある“鬼門”の“一つ”を預かり受け、連盟に属する私が、知らない情報があるとでも思っているなら、見下されたものだな?」

 

(何処って………ただの地方都市では………?)

 

 そんな疑問を差し込む余地など無い雰囲気――――何よりここで何かを言ったら二人の矛先がこちらに向きかねないので、黙って心中で呟くのみとなる九凪沢先生。本当に空気のように。

 

 しかし――――当の二人は一向に柔和に話し合う気は無いらしい。

鼻を鳴らして言う黄雅里屡南に………アズミの紅い唇はゆっくりと………嘲弄の形をまったく変えずに言葉を発する。

 

「“ただ”で結構………伝えに来ただけです。知らない情報があると思いまして………それだけです」

 

 言葉の端々に棘と険を含む天叢美。

 

「“ただ”? 等価も望まない情報? それで誰が得をする? 君か? 私か?」

 

 馬鹿にしているかと見下した目で見る黄雅里。だが、黄雅里のその一言でとうとう、天叢美は限界を超えてしまった。

 

「クッククク………この女は、本当に何て滑稽なのでしょう………? 自分が賢者(・・)()ある()()振舞(・・)()その度の過ぎた愚かさ(バカバカしさ)は? ()()()()いる(・・)()()無視(・・)して(・・)? 愚者の(世界を背負う)崖すら立てない分際がぁ?………スタート地点すら見えないその(まなこ)は硝子玉ですか? ここまで愚かな魔術師とは? これが黄金ノ雅タル里ノ民(黄雅里)? フッフフフフ………生半可(ド低脳)な“智”と“経験”に溺死寸前ですか? クッククク! 私を笑わせるために、この女を紹介しているのですか?

 王道(・・)真中(・・)を行く我が聖王よ? 騎士にして罪と罰の真中を貫きし王(ペレトゥル=グラール・ムンサルヴェーシェ)】よ!

屍人と生者の曖昧な私に何故、笑う喜びを与えるのですか!? あなたは残酷だ! あなたは残虐で非道だ! あなたはどうして惨たらしいほどに優しいのだ!? この私を笑い殺す気ですか!? 私で無ければ、百回死んでいますよ!? クゥクククッ――――アッハハハハハッ! やはり“あなた”は【救済者(この世全ての悪と善)】を救い上げる《救済王(救済者の救済者)》だ!! ここまで笑うことなど“夫”と“母”を除いて、あなたが初めてだ!!

 

 狂った笑みで、禍々しい双眸を見開いて天叢美は高らかに言う。近所迷惑だし、学校敷地内で大音声。これは白い塀のある病院へ連れて行ったほうが良いのではと、常識的神経は九凪沢に訴えていた。

だが………オペラが好きな九凪沢は一つだけ、自分も聴き馴染みある単語に聞き入ってしまう。

 

(何だが随分と持ち上げられるな………ワーグナー最後のオペラを引っ掛けてパルさんってニックネームかしら? でも屍人? いや、あなた生きていますよ? 死んでいたら動かないじゃないですか?)

 

 そんな首をかしげて眺めている九凪沢の視線など気にせず腹を抱え、嘲弄の爆発を堪えるアズミは涙目になりつつパルへ視線を向けると、その本人はさすがにドン引きだった。

 何だかんだで、パルが一番自分と近い反応。仲間意識が出来てちょっと九凪沢は精神的に助かっていた。

 

「あぁ………まぁ〜さぁ? あれだぜ? チャッチャと用件言えば納得すると思うぜ………?」

 

 チラチラと、黄雅里屡南のこめかみに浮かんだ血管に視線を移しつつ言う。

パルの反応はある意味、どちらを立ててもどちらにも反感の板ばさみに苦悩することを理解しているのか………九凪沢から見ても先を促して逃げの姿勢だった。

 

「危うく笑い死にそうになりましたよ………ふぅ………ふぅ………まったく、私にお気遣いなど不要です………《長い付き合い》じゃないですか? クッ!? プップ………キィヒヒヒッ!?」

 

 何とかヒクヒクする横隔膜を強力な根性で黙らせて、荒い呼吸ではあるが、狂笑を押さえ込んだアズミは言う。

 

「はぁぁァ………ハッく!? ウぅ………はぁ――――【ある者】による【ある場所】………そしてその【ある術式の種類】です」

 

「笑いながら喋りやがって………でぇ〜? 魔術儀式? それはありがたいが、等価を望まない提供などある意味【(オモテ)()(ウラ)】も疑うが?」

 

 黄雅里にとってこの鬼門街はただの地方都市ではない。

 この鬼門街でバカを遣らかそうとする輩は、不思議でも何でもない。

 五年前の貴族嗜好に属した幹部クラスの吸血鬼――――さらに遡れば織田信長らが上がるほど、このバカバカしいにも程がある霊地は、ある意味豪華絢爛な歴史的偉人、英雄のキャスト人に彩られているのだから。

 だが――――黄雅里屡南のセリフに………白けたような………呆然としたアズミは、何故か………未確認生物を見るような眼で、

 

「………このヒト………大丈夫ですか?」と、パルへ不安な眼差しを向けていた。

 

「だがら………てめぇのその態度が気に食わないんじゃぁ!! 馬鹿にし腐りやがって!!」

 

 とうとう刀を振り被り始める黄雅里の腰を、決死の覚悟で抱き締める九凪沢。

 

「………だからぁよぉ? オレに言わないでくれよ? ほらぁ!? マジで怖いから? くぅーちゃんの勇気を無駄にすんな! 早く言えよッ!」

 

「………まぁ、いいです………【(オモテ)()(ウラ)】も考える必要などありません。《全生命(全員)》にとって得です」

 

 暴れまわっていた黄雅里がいきなりピタリと――――停止した。全員? と、言われても九凪沢はピンと来ない顔だったが暴れなくなったため、ゆっくりと黄雅里の腰に廻した手を解く。

さっきから疑問符しか浮かべていない自分は完全な部外者であること感じているが、どうもパルの視線がチラチラ感じて見る………(居てくれねぇ? 頼むよ? 一人じゃキツィイぜ)と、情けない瞳で語るので嫌々ながら留まることになってしまう。

 九凪沢と違い、表も裏も見てきている黄雅里は違った反応である。

 全ての生命………草木から全ての動物まで。生きる者と容ある物全て。

 言い切ったアズミは………嘲弄ではない笑顔を血管がはち切れそうな黄雅里屡南へ向けた。

 

「なぜなら、【魔王】が遣らかそうとする【こと】です」

 

「はぁあいぃ?」

 

 魔王? いるの? ゲームじゃないの?

 

「あぁ………今のくぅーちゃんには関係ありませんから………」と、天叢美は手を振って九凪沢に言うが、またまたくぅーちゃんだった。本当、自分は舐められ易いことに項垂れてしまう。

 項垂れる九凪沢先生の横で………黄雅里屡南は唾を飲み込み、その真意を問うようにパルへと視線を向けるが、天叢美はふたたび黄雅里屡南。魔術師黄雅里屡南に向けて、

 

「………むしろ、私の護衛を受けてくれたこの方を、()()()思って(・・・)いる(・・)()です(・・)? 黄雅里よ? いくら親しい仲であろうと、失礼ですよ?」

 

「………どうしてもオレを防壁にしたいんだな?」

 

「………判った。話を聞こう」

 

 何故か――――すんなりと承諾する黄雅里に目を白黒してしまう九凪沢。いきなり態度を変えた黄雅里は踵を返し、校舎へ戻ろうとする前に――――付いてこようとした天叢美とパルに振り向く。

 

「君達は部外者だ。だから、せめて裏門から入ってくるように。君らの姿は我が校の生徒たちに眼の毒だ。九凪沢先生? 彼らを裏門から通して理事長室まで案内してやってくれ」

 

 では、また後で――――と、再び歩き出す黄雅里の後姿に、パルはゲンナリと溜息を吐いた。

九凪沢は案内しなければいけないらしい………魔術? 魔王? 救済王? どっかのファンタジー漫画の読みすぎじゃないだろうか………でも、オカ研部の顧問でもある。

 ここは一つ、ネタの一つや二つ仕入れて、こっくりさんも七怪談も無視して、変な活動に走っている巳堂霊児部長とマジョ子副部長に、口出しできるだろう。

 

『こっくりさんっすか………そんなの筋肉の緊張で動くだけでしょ?』

 

『怪談って………人体模型とかに悪戯して喜ぶやつとかでしょう?』

 

 と、オカルト研究部と名乗っておいて物凄く現実的な感想を言ってまったくしないのだ。

ちょっと、顧問として役に立ちたい。

 もっと言うと正しい部活動に励んで欲しい。

 

「では、裏門まで案内しますね――――ぇえげぇ!?」

 

 振り返ってみると、パルさんは変わりないが………天叢美が物凄く黒いオーラを放射して黄雅里の背を睨んでいた。

 

「………あの女………本当に失礼です………殺していいですか? 王?」

 

「殺すなんて言葉を軽々しく言うな、天叢美。そんな言葉を言うより、《生かす》ことを考えな?」

 

 とっても良い事言うな………変なシャツとビーチサンダルさえなければもっとカッコイイイのにな………。

そんな九凪沢の感想を天叢美がするワケが無い。

 

「なるほど………コロスではなく、コロしたと………確かにそこらのチンピラみたいに喚くのは最低ですね………あなたの言葉は頭ではなく、魂で理解しました。プロシュート兄貴」

 

「………第五部かよ………」

 

 もう言うのも突っ込みにも疲れたのか、九凪沢へ顔を向けたパルは、

 

「………まぁ、ちゃっちゃと用を済ませて消えるからよ、安心していいぜ?」

 

「………はい、是非そうしてくれると助かります」

 

 だが、この三時間後――――九凪沢はさらに混乱に巻き込まれてしまう。

 

 

 

午前十一時五九分。黄翔高校・校門。

 

 

 

 まるで西部劇のように――――タイミングバッチリに横風がグランドの砂を巻き上げ、霊児さんと――――対峙するトンでもなく巨躯を誇る男の間に吹き抜けた。

 

「………随分、雰囲気が変わったな? 霊児? 五年前(・・・)と大違いだ」

 

過去、霊児さんが言った通り………狂犬だったことを知っているのか………巨獣のような大男は言う。

 

「うん? あぁ〜長ったらしい髪をバッサリ切ったからかな? そう言うお前は変わらないというか………変わっていないな? 巻士?」

 

 前髪を一束掴んで弄って苦笑する霊児さんに………巻士と呼ばれた人は――――まったく緊張を緩めない――――否、警戒を怠っていなかった。

 百獣の王が………身を屈めて、飛び掛る隙を窺うかのように。

 

「俺は変わらない。俺は俺の本能を優先する――――“役割”よりも重要だ」

 

「ふぅ〜ん………まぁ、しゃ〜無いな………でぇ? 何の用だ? これから昔話とか現状報告するためにバーで語り明かす雰囲気じゃないのは判るぜ………後ろの五人は………そんなつもりは無いらしいし?」

 

 巻士さんの背後に英国系の男性。北欧系の女性が一人………磯部さんの観察が正しいなら、ベルトでグルグル巻きファッションの女性はギリシャ系………そして、双子は日本人。

 本能――――というか、おれの【(魔王)】が叫んでいる、警告している。

 英国系男性【悪魔のレライヤ】。北欧系女性は【竜殺しの王】が持つ宝剣の担い手。ギリシャ系かエジプト系かな? この女性は【ミノタウロスのメビウス】………双子は大丈夫………ただし刀で斬られたら、(魔王)でもヤバイほど、あの刀剣四本は不味い………。

 

「見ての通りだ………お前も知っていることだと思うが?」

 

「あぁ………まぁ、そろそろと思っていたけど………【聖堂】に顔出さないし、名前だけの称号(聖剣)だしな………【杖】か【鉄槌】のバカが何か言ったんだろ?」

 

と、ゲンナリ………肩を落とす霊児さん。でも、おれは何か………とんでもなく、両者の食い違いがあると感じるけれど………それを台詞に転換出来ない。情報が足りない。

 

「【鉄槌】の気違いなら二言目に【死刑】だからな………【杖】は静かに朽ち腐って欲しいが………ヤツも仕事だ。仕方が無い………お前はお前の守りたい者を守れ。それを否定することなど、俺には出来ないが………全力を行使させてもらう」

 

「仕方が無いだろ? 巻士? 【聖堂】って言う【組織】に片足突っ込んでいるんだ? これはさすがに、お互いの立場なら避けられないだろ?」

 

 まってくれ………霊児さん………何か………おかしい。

 何か、酷く勘違いしていると思うよ? おれ達………この黄翔高校の生徒であるおれ達は、何か凄い食い違いの視点で巻士さんを見ている………【聖堂騎士巻士】ではなく、【巻士さん】を見るべきだ! まだこの巨獣とは話し合いで片が付くような気がする!

 

「その通りだ………気乗りしないが、せめて“宣戦布告”させてくれ………霊児」

 

「今更? チャッチャと、サッさと痛いのは終わらせたいんだけど?」

 

 だから、待ってよ!? 霊児さん!? こう――――何か、あと少し――――喉に刺さった魚の骨みたく………出てくる手前なんだ。話を進めないで!?

 それに!? 何でそんな巨獣がノシノシと歩くのに………目の前に立つのに………どうして無防備に立っていられるんだ!? アンタ!? 恐怖の神経がどっかブチ切れているのか!?

 

「俺は、《聖堂の聖剣》に宣戦布告するッ!」

 

 宣戦布告――――聖堂の――――聖剣。

 つまり、粛清ではない………先制攻撃を宣言する巻士さん。

裏切ったと告白する台詞。でも――――弓なりな――――大振り――――振り被った拳が――――空気の層を五重、六重と貫くボディーブローが、霊児さんの腹部に叩き込まれる!

 

 

「げッ………ブゥッゥ!?」

 

 

 身長二一〇センチ………体重は絶対一〇〇キロはオーヴァー………その巨体が繰り出すボディーブローが――――巳堂さんの身体をくの字に曲げ―――瞬きの時間すら与えない秒速の域を突破して――――おれ、マジョ子さん、磯部さんに美殊の隙間を縫うように校舎――――理事長室の窓を爆砕して吹っ飛んで行った――――四名の間を――――ぶっ飛んでいった巳堂さん………信じられない――――だって、さぁ? どうみてもテレホンパンチだったじゃない? 振り被って、型も技術も無い………ただのパンチじゃない? 霊児さん? 【音速】とか、【光速】だって軽やか(スタイリッシュ)に躱すんじゃなかったの………って、愚問じゃん? おれってお馬鹿?

 

 あのヒトは言ったよね? 言っていたよね? 痛いの嫌だって………でも、あえて、痛いのを我慢するために――――わざと殴られに来たんだ………身構えることもなくさぁ――――でもさぁ? でもさぁ〜? これって酷くない? だって、霊児さんは【俺】を庇うために殴られに来たんだよ………?

ナノニサァ………霊児サンヲ裏切リヤガッタ分際ガぁぁああ!? 殴ッテイイワケアルカァアアアッ!?

 ワザワザ――――痛イ思イヲ享受スルタメニ出テキタ………【聖者】を殴って良い訳? はぁああ!?

 

アル訳ネェダロウガ!? 黙レ【魔王(叔父さん)】! 従エ【クソ(真神)】ガァ! 言ウ事聞キヤガレェ!! ド阿呆ナ【臆病者(オオカミ)】!!!!! コイツニハガ立タナイ? ()()嗚呼(ああ)嗚呼(ああ)嗚呼(ああ)!? 知ってんだよ!! ド低脳の分際で【おれ】に命令すんな!! この、【(チキン)】と【肉体(ブタ)】ガァッ!! それでも、【精神(おれ)】はぶん殴る!! 殴らずにいられるかぁあああ!!

 

「オオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 手足にスタッズの保護――――背中から飛び出す鎖――――隆起する筋肉と共に、【魔王化】は完了した。それによってとうとう、お気に入りの長袖Tシャツはオジャン――――でも、どうでも良い………この巨獣に牙でも爪でも掠り傷でも――――たった一カッ所でも傷つけるなら、それで良い!! その時間が欲しい!! 百分の一でも痛みを思い知れぇッ!!!

 

「【ゥラァッアアアアアアアアアアア!!!!!】」

 

 防御? 連打? 次行動? はぁあああ!? そんなの考えるかぁ!! ぶち抜け! 貫け! ブチ撒けろッ!! この全力全霊(イチゲキ)で、その内臓を外気に曝せやぁ! ボケェ!!

 

 

 筋肉繊維を爆砕し、背骨を破壊して、肉と言う肉が蹂躙される一撃――――乾坤の一撃――――絶対に実戦で使えないテレホンパンチが巻士さんの腹部に叩き入れた――――ぶち撒けるはずの血飛沫――――ぶっ飛ぶはずの肉体………そのはずなのに………巨山みたく………微動もしていない………むしろ、叩き込んだおれのボディーブローを見下ろし――――首を傾げていた。

 【俺】の手首に走るのは激痛――――ペキペキと――――ガラスが割れる音が肘関節まで響いてくる!

 

「………そこを退いてくれないか? 巻き込みたくないんだ」

 

まるで子供扱い――――否………子供というか………小石程度の価値も無く【俺】の首を掴んで、空き缶並みに横へ退かす始末だった。

グランドをゴロゴロと転がるがすぐに立ち上がって、巻士さんの背中を睨む【俺】と入れ違いに、

 

「退くと思うのかッ!!! 《捉えろ》!! 《下僕》!!」

 

 言下、マジョ子さんは怒声と共に従わせている悪魔のアモン、クローセルが巻士さんの胴と両肩にしがみ付き、その悪魔ごと貫くハードボーラーの二丁拳銃が獰悪な火柱と轟音を響かせて、殺到する!!

 

 四五口径――――人体など当たった瞬間、後方に拳が入る大穴を広げる弾丸が盛大に――――やりたい放題にブチ当たっている――――自身が構成(マテリアル)した悪魔が飛沫になり、血煙が舞う中――――ズン、ズンと………巻士さんは歩みを止めていなかった。

 腰と肩にマジョ子さんの使役した悪魔の残骸を引っ掛けて――――悠々とマジョ子さんの横を通り過ぎつつ、

 

「服に“穴”が開いたか………少し、大人しくしていてくれ。すぐに用を済ませて、退散する」

 

 そんな――――気遣い――――否、最初から敵としても生き物としても見ていない台詞を呟いて、マジョ子さんの横を通り過ぎる。

 

「大人しくするのはあなたです!」

 

 マジョ子さんの後ろに控えていた美殊が符を広げ、帝釈天六体を召喚!

 稲妻の速度で上下左右前後の同時刺突を繰り出すが――――巨獣は無造作に――――両手の中指と親指を撓め――――ただ、デコピン。

 

しかし、そのデコピンは【俺】の全力でも放つことなど出来ない――――否、どれだけ膂力があろうとありえない!

 放っただけで【衝撃波】によってグランドが地割れを起こすか!? 波立つように岩盤が捲れるか!?

 顕現された軍神六体が、無造作に地面でゴキブリのように潰れるのか!?

 

 物理的な力が何処で爆発しこのような現象を起こすのかも判らない――――判るのは、この巨獣にとって呼吸と同義。指先一つ――――それだけで、事足りる現実。

 

「いい腕だ。夜神………十年後が楽しみだ」

 

 養女になる前の美殊の苗字を言いながら――――恐怖とありえない存在の脅威で固まる美殊の………横を通り過ぎる。

最後に残ったのは磯部さんだけ――――彼女にあの巨獣を近付かせるのか!? 【俺】は!? 戦線の後方支援する彼女を?

 ありえないだろうがァ!! ドアホ!!!!

 

「【コノォオオ!!!!】」

 

 卑怯とかもうどうでも良い!!

 背後から襲い掛かり、 両足でカニバサミの要領で巻士さんの腰をガッチリと固め、

 

「【オオオオオオッー! ララララララララアッラァアアアッ!!!!】」

 

拳拳拳拳拳拳拳拳拳拳拳拳肘拳拳拳拳肘肘肘肘肘頭突き肘――――叩き込む連打の隙間にベキ、バキ、ボキと――――異音が響く――――信じられないことに自分の骨が折れる音だ。

拳骨が手首の先で折れて皮膚が突き出し血飛沫を上げ、肘は擦り剥けて白い骨が顔を出し、後頭部で最も鍛える事が出来ないはずの延髄に向けて、人体で最も硬い額で打撃をブチ込んでいるのに………なんで【俺】が傷付いている!?

両手、両肘、額の流れる流血の性で両目が赤く曇る! 最後の足掻きにブッ太い首に両腕と背中の鎖で雁字搦めにして、圧し折る勢いで締め上げる!!

 

「………こまったな?」

 

 ポリポリと――――頬を掻きながら――――伸ばした手が俺の顔面を鷲掴み、

 

「手荒で悪いが、座って(・・・)いて(・・)くれ(・・)

 

 気遣う言葉だ――――これがさっきまで殴っちゃっていたヒトが言う台詞か? もっと、汚い言葉で黙れとか、死ねとか言ってくれたほうがまだマシだった。だが、次の瞬間だった――――そんな感想が全てぶち壊された。

 

 大気圏から地上に叩き付けられるように――――ブチィリ………と、全身が異音を響いた――――瞬き一つ分の時間だ――――ようやく視界が低いことに気付く………身動き出来ないことに気付く………当然だった。

 首と背骨だけ残して、他の骨を徹底的に――――《風圧》のみで圧し折りながら――――巻士さんは俺をグランド地中に埋め込んだのだ。

 腕力だけで【俺】は地中で埋め込まれてしまった。

 

「痛いと思うが、許してくれ」

 

 俺の頭から手を離し、呟くが………痛いとか説明が付かない! 明後日の方向に曲がっている両手両肘両膝両足首が、地面に埋め込まれて固定されている!?

 

「【ガァッアアアアアア! アァ嗚呼アアらッ!? らァアアアア泡ァアア!?】」

 

 ジタバタもがいても、身動き出来るのは首だけ!

 全身の激痛に脳細胞はショート寸前! 口を覆うマスクの隙間から口角で泡立った飛沫が、グランドの土の上で零れ落ちている!

 

 痛い悔しい痛い悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい!

 歯牙すら掛けないのか!! クソぉおおお!!

 

「残ったのは君だけだが、静かに俺を通してくれ」

 

 磯部さんに――――巨獣は………詫びるような声音で言う。

 

「すいません。マジョ子先輩達の時間稼ぎで、結界一部の奪還を終えた後です。ごめんなさい」

 

 ペコリと頭を下げた後――――シュールな音が響く!

 地下鉄で聞く音――――空気を巻き上げながら、巨大な鉄塊――――電車の先頭車両が巻士さんの身体を横殴りに叩き込まれた――――が、物質の暴力とも言える鉄塊――――ノーブレーキで突っ込んできた電車の突貫を………喰らっておきながら、数歩だけ――――たった数歩のよろめき。

 

「三角帽子の娘と並ぶ、いい攻撃だが………すまない。これじゃ、俺は止まらない」

 

 言った瞬間、電車の端を握力によって圧縮――――そのまま回転する車輪が浮く。

 まるでママチャリに衝突して、ちょっとビックリみたいなリアクションで――――電車を………軽々と横倒しにしてしまう。

 

「………無理でしたか………でも、あと十歩進むころに止まります」

 

溜息を吐いて素直に横へ退ける磯辺さんに、巻士さんは首をかしげた。

 

「他に仕掛けでも?」

 

「仕掛けと言うより――――その先はビックリ箱だと思いますよ?」

 

 その言葉の心意を確かめるように、巻士さんは慎重に一歩足を進める――――それより、体中がイテェエエええええよぉぉぉおおお!!

 

 

 

 午前十一時五九分三一秒。黄翔高校・理事長室。

 

 

 

 黄雅里屡南へ天叢美が渡したのは、黄紋町全域地図――――所々に赤いマーカーで印が付けられていた。

 数は八――――霊脈の流れに記された八個のマーカーから、黄雅里屡南は視線をソファーに座る二名――――数分前に何故か誰もいない壁に向かって手を振っていたパル。その行為を見て、小さく溜息を吐いていた天叢美へ――――黄雅里は呟いた。

 

「………ありえないのでは? 最大の鬼門数を誇る鬼門街でも、この魔術儀式は成功するわけが無いぞ? 鬼門街(・・・)()あと(・・)五つ(・・)必要(・・)だぞ?」

 

「………なら必要な分を確保するのでしょう………お隣とか、ご近所から頼み込んで手に入れれば良いだけです………」

 

 淡々と――――簡単に――――天叢美は、黄雅里の驚愕も無視して出された紅茶を一口飲んでいた。

 

「………パルよ? 君の率直な“感想”を聞かせてくれ………これが【出来る】のか? この【魔術】は【破壊】と【奇跡】を“一つ”にしたものだ………君の生きた経験(・・・・・)………体験の中で、“これ”を行使できる者と遭遇したことはあるか? そんなヤツ(魔術師)が………本当にいるのか!?」

 

 パルはソファーの背もたれに体重を預け――――コートのポケットからサングラスを出す。

 

「“出来る”。“オレ”はそれを遣らかした相手(魔術師)を知っている………よく、知っている」

 

 抑揚の無い肯定の言葉………彼を知る人間なら――――その声音だけで不安になる………それを知ってか、己の表情を隠すようにサングラスを掛けた。

 

「………この“眼”で見た………」

 

 空気がビリビリと帯電する――――静かに淡々と呟くパルの言葉が、理事長室を覆い始め、紅茶を振舞ってすぐに退室しようとしていた九凪沢のタイミングを挫かれた。

 

「………まぁ、過去はもう変えられねぇ。今から足掻けば、明日(未来)は変えられるぜ?」

 

 魔術師黄雅里………その前当主だった実父からパルという男の知識は聞いている。

 秘法(カバラ)秘密(アルカナ)秘奥義(セフィロト)枝木(表裏)を走破した者――――故に完璧(無垢)なる(ナル)愚者(愚者)

 全ての罪と罰(原罪)を体験し、全ての苦難と罪悪を乗り越え、()(テル)の中の王冠(聖王)

聖堂(マグダラノマリアトトマス)】、【普遍不動(カトリック)】、【連盟(アカシック・メモリー)】、【鬼門街(ゲート)】が、認めざる負えない(、、、、)王の中の王。

 誰もが、敬意と畏怖を持って、【無垢成る者(パルジファル)】と呼ぶ………愚者でもなく、【救世主が行く道の真中を貫く者(パルチヴァール)】でもなく………ただ、【無垢なる者】。

 稀代の作曲家(ワーグナー)すら予想しない――――三つの神器(、、、、、)すら主と認められし(、、、、、)王の中の王………《想像》を超えた王。

 そして何時も最後にはこう父は締めくくる。

 

『我々はその《王》の《兄》がご先祖様なのだよ? 砂漠を越えて海を越え――――広大な大陸を渡り歩きこの地に辿り着いたのだ。故に黄金の王――――その優雅さの一端として末端として………王を癒す里を耕す民として、“黄雅里”と名乗ったのだ』

 

 もう己が身にその王とは血の繋がりは無いと言って良いほど薄れてしまっている。天叢美に言われたとおりだ。“年齢”を超えても、彼の立つ崖に結局は到達出来なかった。いまだ王は孤高で孤独である。

そんな述懐などしているとは思ってもいないパルは出された紅茶を一口つけると、口元に笑みを浮かべて棒立ちになっていた九凪沢へ顔ごと向ける。

 

「くぅーちゃん? 人柄が出ていて美味い紅茶だぜ?」

 

「あっ、ありがとうございます」

 

 自分に気付かれないよう――――場を和ますように………九凪沢へ言うパル。黄雅里は小さく、“悠久”すら“磨耗”しきれない男へ苦笑するばかりであった。

 

「………たしかに、ポットもカップも暖めない………非常に人柄が出た紅茶です」

 

「天叢美さん? 不味いなら不味いってはっきり言ってください」

 

「………不味いとは、はっきり言いませんが………確かに和みますね」

 

 遠回しで嫌らしい言い方に泣きたくなった九凪沢は俯いてしまうが………禍魂の魔女は本当に――――和んだ笑みを浮かべていたのを黄雅里は見過ごさなかった。だが、哀しいかな? その笑みを見れば賛美と解るのに見逃している九凪沢先生。しかし、黄雅里の気持ちも和んだのは確かだった。

 

「………九凪沢先生? 今度、紅茶の入れ方を教えよう」

 

ニッコリ笑って言ったのだが「でも、不味いんですね? 判りましたよ。判ったから」と、イジケてしまった。

 

「そうか? オレにはとても贅沢な味だぜ?」

 

(まったく………非常識なTシャツとビーチサンダル姿だが、こんな時だけ妙な勘を働かせてフォローに回る)

 

「………高級ワインを不味いと言い、五〇〇円で買える安物のワインは美味いという王の舌に期待は出来ません………」

 

「………キャビアを釣り針の餌にする君が味の品評を? フィッシュアンドチップスが好物な君が?」

 

「絶望的に貧乏な味覚なんですね………? パルさん?」

 

「お前らなぁ? 高級品が必ず美味いわけじゃねぇだろうが? 出してくれたヒトの“心”をありがたく頂くものじゃぁねぇのか? それが礼儀で気持ちだろうが?」

 

 ソファーから立ち上がって、天叢美と黄雅里を見渡しながら肩を竦める。

 

「高級品を嗜むのも、贅沢の一つだ――――それに上から下まで礼儀の欠けている君に言われると腹が立つぞ?」

 

 言いながらもパルは何故か足首を入念にストレッチ。それを黄雅里は見過ごさなかった。“きっと何か飛んで来るのだろう………なら先週変えたカーテンは死守せねば”――――心中で呟きながら黄雅里はカーテンを開ける。

 

「その高級品を“一通り嗜み”、“飽きてもう一回する人”でしたね………」と、暗い井戸底みたいな呟きを零す天叢美も、よく解っていた。パルのカップと受け皿を自分の手元に引き寄せ始めていた。

 

 そんな空気に――――九凪沢は三名を見渡して、

 

「えっ………何? 何か起きるの?」

 

 三名を見渡す九凪沢の視界の隅に――――何か――――こう、紅い革ジャン迫ってきた。その九凪沢先生が――――身体事窓へ向いた瞬間だった。

 

「うわぁあああ!?」

 

 窓ガラスと窓縁が爆砕――――でも、カーテンはキレイに閉まっていたから傷一つ無し。だが、窓ガラスを突き破って飛んできた物体の悲劇はこれからだった。

 

「こっち来んなよ?」

 

 まっすぐ突っ込んできた物体をまるでボールの要領でパルは蹴り………向かった先はカーテンを防御していた黄雅里だった。すこしムッとしながらも、良い機会だから天叢美に復讐することにした。

 

「こっちに寄越すな?」

 

 ハエでも払うように手を振ってサッカーボールはバレーボールとなり、紅茶を飲んでいる天叢美にアタックするが、そのスマッシュは天叢美に直撃――――「嫌な女です………」――――直撃――――のはず? 普通は………するはずなのに、重力が反転したとしか言えない“現象”により、吹っ飛んできた何かは天井に衝突し――――理事長室に振動を響かせる。

 

そして、ようやく九凪沢の肉眼でも天井に衝突した物体が、人物と判ったのだろう………紅い革ジャンにレザーパンツ。これだけの要素でその人物の名を叫んだ。まぁ顧問だから当然かと、黄雅里はいたって冷静だった。

 

「巳堂くん!?」

 

 九凪沢が叫んだせいか――――天井の面着力が弱まったのか、重力に従って落ちそうになる巳堂霊児だが――――ヒラリと………その身体が羽毛で出来ているのかと疑ってしまう………軽やかに、理事長室にあるテーブルの上に………“ガラス張り”のテーブルの上に降りた。

 相変わらず………“武術”だけで“聖域”に達しただけはあると、黄雅里は感服するしかなかった。

 

「こらぁ? 行儀が(ワリ)ぃぜ? 霊児?」

 

巳堂の襟首をまるで子猫のように掴んで、持ち上げてしまうパル。

 そのままガラス張りのテーブルから巳堂を床へと降ろす。

 

「久し振りだな? 霊児? おめぇ(殺人鬼)が部活動で《青春》していると聞いたときにはさすがに驚いたぜ? 部活の後輩にオレの話しで盛り上がっていたんじゃねぇのか?」

 

 カッカカカと笑うパルに、

 

「どうも………お久し振りです、パルさん………抱き止めてくれるとちょっと、期待していたんですけど?」

 

「何でオレがそんなマネしなくちゃいけねぇんだ? まだ《オレ》の手助けがいるのかよ?」

 

「………普通の神経なら蹴りはないでしょ? それに、オレは“後輩”にアンタの“話題”に出したのは今日が“初めてです”。そこまで“尊敬”も“恩義”も感じていませんから?」

 

 ある意味失礼な言い方――――そして九凪沢が初めて見る巳堂霊児の“暴言”で“悪口”であろう。だが、黄雅里は違った視点で二人を見ていた。

 

 細かいことを気にしない兄と、そんな兄に文句を言う弟――――【兄弟】のような遣り取りだと。

 

 九凪沢は、「巳堂くんって見た目は怖いですが、話せばとても好青年ですね?」と、言っていたが………その印象がガラリと崩れた場面に呆然としているようだった。

 黄雅里はまったく逆である。少々複雑な気分もあった。幼い頃――――パルへ向かって――――何時か自分が《成って》あげると約束していた時代………幼い頃の自分が今の自分の背を見て恨めしそうに見ている錯覚と、罪悪感が胸に広がっていく。

 そんな黄雅里と九凪沢の視線など知らずに、二人は話を続けていた。

 

「おめぇ(スゲ)ぇな? あれだぜ? 面と向かって本人に言うか?」

 

暴言を吐かれた本人は何故か少々の驚きと、成長を喜ぶような快活な笑みを浮かべていた。

 

「その調子なら“真神仁(オオカミ)”には逢えたみたいだな? どうだ? 逢った感想は? あれだぜ? 良い経験だったろ?」

 

 たった一言の質問。

その一言に、巳堂の顔に浮かぶとは思えなかった苦汁の表情。そろそれ助け舟を出さなくて行けないようだと、黄雅里は理事長として――――そして魔術師として発言する。

 

「悪いが聖人聖者(キミたち)の会話を聞いている暇はこちらには無い。どういう訳かを説明して欲しいのだが? 巳堂君?」

 

 あっ――――はい。と………パルの質問から逃げるように黄雅里へ身体事向けていた。

 

「巳堂君? 君には“襲撃者撃退”を任せていたが、君がノックも無しに吹っ飛んでくる事態を説明したまえ」

 

「説明も何も………イキナリ巻士がやって来て、“一発”殴られて終わりだと思ったんですけど………さっぱりです」

 

 巳堂の会話を聞いていた天叢美はクックククと笑い、

 

「まったく――――情報把握が遅すぎます………巻士は五月前からすでに聖堂を裏切っています………すこしは情報収集をしたらどうです? 人を使うことに慣れず、自分から動くことをお勧めしますよ? 黄雅里?」

 

 嘲弄を押さえもせずに言う天叢美に、どうしてこうも自分の頭に来る単語を並べ立てるのか………ギリギリと歯を食いしばって懸命に耐え切る。

 

「へぇ………オレも今、知ったぜ………あの巻士がね………事情があるな?………ダチ(、、)()裏切る(、、、)マネ(、、)()するってぇ(、、、、、)こと(、、)()、かなり切羽詰っているな? えぇ? ()()()引く(、、)お嬢(、、)ちゃん(、、、)?」

 

 サングラスを少し下ろして、斜め上の目線で天井を見上げる――――その碧眼は“全て”を“射抜き”、“貫き”、“見抜く”ことを黄雅里は知っている。

天井を射抜き、隣接する建築物を貫いて――――誰かと《眼》を合わせたのか、パルは静かに微笑んでいる。

 パルの《眼》を追って黄雅里も【霊視】する先は――――屋上の上で――――挑戦的で傲慢な笑みを浮かべる少女――――その傲慢で精気を漲らせた若さ故の蛮勇にも黄雅里に映るが、約束を違えてしまった黄雅里には眩いばかりか、気高く挑むようにも見えた。

 

(眩しいな――――そして青いが、それが良い………)

 

 ワンピースにレザージャケットというチグハグな少女を見ながら胸の中で感想を呟く黄雅里。そしてパルの《眼》を追ったのは何も黄雅里だけではない。天叢美もまたその《眼》を追い、そして王へ向けて進言する。

 

「――――王よ、我々も動きましょう」

 

「………アンタ誰!? 何時の間にいるんだよ!?」

 

 ようやく視線を天叢美に向けて、今更気付いたのか………霊児は驚愕のまま指で思いっきり指していた。黄雅里としては何だかまた悶着しそうな空気に盛大な溜息を吐いた。

 

「………何? その地獄の川に打ち上げられた腐った魚みたいな眼玉は? って………あれ? どこかでお遭いしませんでしたか?」

 

 失礼にも程のある霊児の態度に、静かに………殺害方法を鑑みるような視線を向ける天叢美――――。

 

「………エアー・マンと呼ばれていました………ぶち殺したい教師に言われましたが………失礼ですね………やはり、聖剣(ガキ)です………期待していませんでしたが、期待以下です………」

 

 氷点下の怒りを纏い始める相方にパルは、空気の読めなかった弟を庇う兄のように間へ入った。

 

「まぁ〜怒るなよ? あとで何か奢ってやるから?」

 

「ピザが良いです………シンプルにトマトベースの美味しいピザを所望します」

 

「カフェテラスにしようぜ? 軽めの昼食にピッタリな場所を知っているぜ? アレだぜ? サンドイッチが絶品だぜ?」

 

「………第四部風味ですか? 良いでしょう」

 

良く判らない会話後、パルは霊児へ視線を向ける………自然と眼を合わせるしかなかった霊児は、嫌な顔をしていた。

まぁ………仕方が無いと黄雅里は霊児の心中に同情した。

少なくとも“情報”と、“パルの口”から巳堂霊児の過去を知っている。

十年前………腕を磨き――――仇を殺すためだけに生きていた彼は全てを“見透かされ”、“見透かし切ってしまった”のがこの王と呼ばれるパルだ。きっと彼は今、果てしない懊悩に歯を食いしばっていることだろう………今の自分が存在して“いる”………それが………その可能性が付き纏うのが………とても嫌だろう………この男が発する言葉で己の生き方が左右されているのでは? と、そんな恐怖で自問自答すらしてしまうのは、何も霊児だけではない。黄雅里もその一人である。

 

 だが、パルは何も言わなかった。代わりに笑みを浮かべていた。

 

「“ガキ”の喧嘩にオレは顔を突っ込まねぇよ?」

 

イキナリ両肩に手を乗せ、無理矢理方向転換させられた霊児は一瞬、何が起きたか判らなかった。それもそのはずだろう………“彼”は――――無限配列する相手の行動を感じることが出来る。“その彼”が………無造作に、方向転換されてしまっているのだからある意味、計り知れない衝撃だ。

 

「お前はもう“オレ”が必要なヤツじゃない………“オレ”と同じだ」

 

 背中に響く後押しする掌と言葉に………霊児は振り向かない。返す言葉が無いのか………唇は震えていた。だが、ただでは去りたくないのか、歯を食いしばって、

 

「ガキって………オレはもう今年で二十歳だ。それに、オレは“アンタ”が一番嫌いだ………“命題(テーゼ)さん”と違って、何時“嘘”を言われるか堪ったもんじゃねぇ………」

 

 それこそ黄雅里が何時も感じることを、聖堂の聖剣が代弁してくれた。

 両者を知る黄雅里もよく解る両者の差異だ。

 絶対否定は幾億の嘘の内に、一つの真実と優しさを沿える。それは相手を叩き上げる優しさだ。

 聖なる王は万の真実の内に、一つの嘘と優しさを刻み込む。それは相手に対して労わる優しさ。

 どちらも極端で………ある種の最悪な結果とリスクを付き纏わせる。

 

すでに巳堂霊児の中では十年前(パルジファル)五年前(アンチ・テーゼ)で“答え”が出ているのだろう………“試さない相手”より、“試す相手”のほうが巳堂霊児としては心が楽なのだろう………だが、“聖者”の階段に上がり損なった魔術師黄雅里屡南だからか………はたまた、若者に接してきた黄雅里理事長としての勘か………明らかに霊児の顔に浮かんでいるのは、“小さな諦め”だった。

巳堂霊児の横顔は――――自分が、パルの横に並ぶ“資格”も“才能”も“精神力”も無いと………思い知らされた時の自分と、重なってしまう。だが、そんな二人への手向けなのか、パルはどれだけ見入っても解らない………優しく包み込むような笑みを浮かべていた。

 

「過ちを過ちのままにすんじゃねぇぜ?」

 

「また………よく解らないことを――――」

 

 知らず、巳堂霊児を弁護するように抗議を呟く黄雅里だったが、その言葉だけを残してからパルは口を閉ざしてしまう。こうなると、もうパルは何も喋らない。この場から去るのだろう――――振り向きも、迷いも、こちらの懊悩も解決する糸口も与えることなく………何時ものように、置いてけぼりの黄雅里は、理事長室を出て行ってしまうパルと天叢美を見送りもしない。

 小さく溜息を吐いて己が出来ることを――――成すべきことを選択する。ゆっくりと、己が支配している“力”を目覚めさせる。

 

「さて? パルの話も終わったなら、今度は私の番だが?」

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 呟いた黄雅里屡南の言葉で視線を向けた霊児は顎が外れそうなほど、口を開けて絶句してしまう。

 壁へ背凭れ――――腕を組んでいる。だが、その黄雅里屡南の眼前に広がる魔術式が幾何学の文様を描き、構成(マテリアル)開始――――流麗な二本角が伸び――――黄雅里屡南の趣味で形成される全長二メートルあるサイケデリックで機械仕掛けの姿――――北欧神話で審判のラッパを吹くヘイムダル。

 

「ヘイムダル。時限爆裂術式(デストロイ・ボム)削岩頭(ホーフ)(ンド)次元(スピン)設置(・オン)

 

「オーケー・ボス」

 

機械的な音声で了承した黄雅里屡南に召喚されたヘイルダムは抜剣。先が円錐で、五つの円柱が繋がる不可思議な螺旋剣。その円柱と円錐が左右交互に回転を始め、理事長室の床にドリルのように突き刺さる。

 

 

 

 グランドにいた巻士が丁度、十歩目を刻んだ瞬間だった。

 足元に陣が描かれ――――直系二メートルの陣が一気に校舎とグランドまで広がる! 棺製作者の結界を上書きしながら!

 

 

 高密度の魔力が膨れ上がり、一瞬の内に全校舎に張り巡らされた【結界】を包み込む!

 

「待ってぇ!?」

 

 霊児の静止など何のその。

 

「スピン・オン・オールグリン――――」

 

標的(ターゲット)魔法陣(・サークル)

 

「ラジャ――――」

 

「無視かっ!?」

 

 

 魔法陣が平面から円形の立体魔法陣となり、黄翔高校全てを覆い隠してしまう!

 その魔法陣が覆う空を、グランドにいた巻士は唖然となって見上げ、

 

「………どういう神経をしている? 黄雅里屡南………? 生徒を巻き込むつもりか? 理事長なのに?」

 

 

 そんな巻士の疑問にもし黄雅里が答えるとしたら、「ここに来たお前たちが悪い」と、一切の反論も許さず応えることだろう。そして、その代わりと言っては何だが、【全員】を無事に帰してやる気などサラサラ無かった。

 

「巻士令雄に率いられている《魔術師》達に自動追尾術式(グッルトップ)で狙え」

 

「イエス・マム・ジェノサイド・ミサイル・ターゲット・スタート」

 

 ヘイルダルの両肩、胸部、両太股、両手五指から弾頭が姿を現した時にはグランドにいた巻士、理事長室で一部始終を見ていた霊児はとうとう絶句した。

 そして、ヘイルダムの機械音声が非常に響く。

 

「カウント・ダウン・スタート」

 

「ちょっと待ってくれ!? 理事長先生!?」

 

 霊児の絶叫など無視して、デジタル数値が空間に浮かび、時を刻み始める。

 黄雅里屡南が最も得意とする魔術は召喚系統――――そして、精密緻密を一切捨てて手に入れた時限式、自動追尾式、殲滅式の三魔術のみ――――そのどれもが使い勝手が悪くて有名である。それも――――この裏世界で最も魑魅魍魎が蠢く鬼門街で、五本指に入るほど。

 

「ありえねぇ!? アンタ!! 学校をブッ(・・)飛ばす(・・・)()か!?」

 

「私が動き、巻士を撃破するには全校舎(ぜんこうしゃ)爆破(ばくは)位やらねば、傷も付けられない。だから、巳堂霊児君――――今から十分だ――――それだけ待とう」

 

 つまり、十分以内に巻士を校舎から出さないと大惨事にして、巻士を叩くと言っているのだ。

 小さく唸り、霊児は頭を振って盛大な溜息を吐いた。

 

「理事長先生………アンタ? それでも教師か!? 校舎にいる生徒に怪我人どころか死者出るぞ!?」

 

「“最悪”に備えているだけだ。口を動かす前にさっさと動いてくれないか? すでに一分切っている」

 

 あぁぁああ!! もう!! この人、絶対おかしいよ!!

 

「くそ! 巻士のヤツ!! “理事長先生”と“九凪沢先生”がいる職場だぞ!! 神殺しの次に危険人物がいるって知っていて襲うんだよ!!」

 

「巳堂君!? 私を理事長先生と一緒にしないでよ!?」

 

 絶叫する霊児に、困惑して二人の遣り取りを聞いていた九凪沢が叫ぶ。危ないというなら、いきなりぶっ飛んできた霊児。

日本刀を平気な顔して提げ、訳のわからないロボットに指示を飛ばす理事長先生だ。

 しかし――――霊児も、黄雅里も物凄いジト眼で九凪沢を見ていた。(あなたが言っちゃうんだぁ………)と、心の声が聞こえてきそうな視線だった。

 

 

「………そうでしたね………九凪沢先生って“今”は違うんでした………あぁ――――()から(・・)っすか(・・・)? 理事長先生?」

 

 

「………そう言う訳だ、巳堂霊児君。“危ない”九凪沢先生が“出て来られる”と非常に不味い………有害なスプラッター光景を生徒に見せるのか?」

 

 

 そんな会話を本人前にしてノウノウと言っちゃってくれます? この危険人物達?

 

「理事長先生? ちゃんと巻士を外に出しますから、爆破だけは止めてくださいね?」

 

「任された、巳堂君。君は可及的速やかに巻士達を追い払ってくれ。私の魔術をすでに感知していると思う。九凪沢先生の気配も………」

 

「了解」と、ぐしゃぐしゃに破壊された窓から理事長室を飛び出す巳堂。そして自身を徹底的に危険人物扱いする理事長先生――――九凪沢先生はちょっと

泣きそうな顔で霊児の背中を見送ったのだった。

 

 

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